オクスウ

天国

文亨進様インタビュー「アメリカで過ごした子供時代」「お母様とアジアの摂理への願い」

(途中からです。)
成長してから大きな影響を受けた人は、もちろん国進兄さんです。
経済、自由市場についての理解、自由とは何か、自由とはどれほどの価値あるものなのかなどについての私の理解は国進兄さんによるものです。
お父様は兄さんの「自由社会」や「強い韓国」「強い日本」「強いアメリカ」などの思想を本当に心から喜ばれました。
それらは周囲の大国からそれぞれの国を守り、自由であるための方策として出されたものでした。
例えば政府を天使長と定義するなど、初めての試みですが、お父様は夢中になって喜ばれました。
お父様はこれまでつねに中心勢力である天使長から攻撃されてきたからです。日本、韓国、北朝鮮、アメリカのどこででもです。
ですから私がこの思想をお父様に報告するとお父様は声を上げて喜ばれたのです。
国進兄さんは組織の理解にかけてはそのような天才的なものがあり、誠実で名誉を重んじる人です。
大人になってからは指導性や組織論についての多くを国進兄さんから学びました。
マクロ経済学などは神学とはかけ離れた世界ですが重要であることに変わりありません。
「お母様とアジアの摂理への願い」
お母様が謙遜になってお父様を称揚して下さることを願っていました。
もしお母様がマザーテレサのようにキリストの前に謙遜であって、お父様を讃え栄光を帰してさえいれば…
お父様から受けた親密な愛、お母様のみ与えられた貴重な美しい時間や愛の姿を他の人々に広く証しながら
お父様を讃え、自分の救い主、自分のメシアとして、その栄光を高く掲げてさえいたならば…
自分も罪人、聖書のいう「汚れた衣」であったが
お父様を通して再生し新たにされそしてお父様とともに今の位置に立ったと証しされていたなら
真の母、完成した対象、完成したエバになっていたことでしょう。
完成したエバは主体の位置などに立ちません。
主体ではないのですから。
エバが完成するということは、主体を高め、他の誰よりも主体を愛する対象的相対の位置を完成させることです。
もしお母様がそれらのことを成していたとするならば、
栄光の中の栄光として世界中が敬拝したことでしょう。
その位置を国進兄さんのように勝利していれば、
今も私たちはお母様と共に目標に向かって前進していたことでしょう。
当時東アジアには、かつてないほどの大きな基台が既に築かれていたのです。。
国進兄さんはすでに日本と韓国の現在の国家元首がその職につく前に面会していました。
多くの政治指導者を集めて「強い韓国」の講演も開いていました。
軍の元帥クラスの集まりに呼ばれて、どうして韓国が強くならなければならないかレクチャーしたこともあります。
また韓国内のトップ200企業のトップCEOにも就任していました。
統一財団を史上初めて黒字にしたことでCEOマガジンの巻頭もかざりました。
韓国をはじめとするアジアの有力者たちの中でも国進兄さんは極めて有望な指導者だという認識が出来上がっていたのです。
サムソンやLGのイベントにも招かれ(統一)財団にそれらの企業の有能な人材を何人もリクルートしました。
今までにない変化がもたらされました。
企業は経営をまったく知らない者たちが運営しており、経営とはお父様から補助金をもらうことだと考えているしまつです。
20年間アメリカで国進兄さんが行ってきた市場での自由競争など彼らは想像もつかなかったのです。
兄さんは倒産した会社をアメリカの同業の中のベスト10まで成長させました。
自由市場での競争に長けていました。その基盤の上に政府上層部とのパイプもありました。
韓国国防部の現役の副長官が私たちのイベントに参加しましたが、アメリカで言うなら国土安全保障省の副長官が行事に出席するようなものですね。
一方宗教の世界でも私は国内最大の仏教宗派とも交流を重ね、その宗派の最高指導者が何度も天福宮を訪れ、私も彼らを頻繁に訪問しました。
このように宗教圏にあっても多くの国家的指導者とつながりを持っていました。
内的には組織の腐敗を正すことを進め、韓国幹部による日本人メンバーに対する異常な搾取にもメスを入れました。
大きな決定はかならずお父様に報告しましたが、真のお父様も私たちのする事には全面的に賛同して下さいました。
このような一大変革が起こっていました。
幹部の作り上げた冷酷な圧政から教会員を解放させようとしました。
お父様は運営に細かく指示を出すお方ではありません。
なすべき事を祝福されましたが、実際の運営は幹部に任せていました。細かく口を挟まれないのです。
その結果組織は、韓国幹部の派閥間による犯罪組織にも似た権謀術数の中で形作られることになりました。
どれだけ自分を肥やすかに関心があるのです。
そうして真のお父様はまたは真の家庭のどちらかを(自分たちの責任を負わせる)スケープゴートにします。
その腐敗した組織の改革についてはお父様も100%支持されました。
お母様がもしその位置を守ってお父様を立てていたならば、人々の自由のために息子は仕事をしているのだと理解していたなら
最高の女性として途方もない成功、途方もない勝利を収めていたことでしょう。
真の母としての栄光を受けたことでしょう。
(私が感動することは亨進ニム、国進ニム、ヨナニムも本当にお母様の勝利を願われていたことです。)
もちろんそうです。
国進兄さんは宣教会を作り、お母様が将来、幹部にお金の問題で頼らなくてもいいように5億ドルを用意したのです。
しかし聞き及ぶ限りでは「お母様を愛しています」を連呼する者たちに、ほとんどそれを奪われてしまいました。
それとともに日本食口に対して、ますます献金要求のしめつけが厳しくなっています。
お母様がその対象としての位置を守り、主体の位置に欲心を示すことがなかったならば
完成したエバとして栄光を讃えられていたことでしょう。
権力に対するよこしまな欲望によって堕落し、その位置を失い栄光を失うという悲劇をまねきました。
しかしお父様の勝利が損なわれることはありません。
天国は来るでしょう。しかし祝福を通してではなく、
艱難を通してくるようになりました。
(私の言葉です。正直今回この内容を載せるのにとても心が重かったです。まだまだ続きます。今だからこそ知って認識したほうがいいと思い載せています。)

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文亨進様インタビュー「お父様のお側で過ごした2年間」

「お父様のお側で過ごした2年間」2016年1月12日
(韓国協会では色々お忙しかったと思いますが、お父様はそのすべてを横において、お側で生活するようにおっしゃいました。
その期間がどのようなものであり、また学んだことについてお話しいただけますか?)
素晴らしい期間でした。
おそらく私の人生で最高の恵みの時であったと思います。
当時、世界中の全教会、世界宣教本部、UPF(天宙平和連合)、世界青年連合、世界CARPなどのすべてを私にまかせてくださっていました。
大変に大きな責任です。
忙しさにかまけて神様との関係をないがしろにしがちです。
おまけにソウル天福宮の責任者でした。めまぐるしいほどの忙しさでした。
それに加えて毎日トレーニング、2時半に起きて、霊的訓練など、毎日休む暇がありませんでした。
このように多忙な時期を過ごしましたが、そこには自分が大変な仕事をこなしている
それだけ神様に尽くしていると錯覚する誘惑もあります。
そのような時にお父様がお側で生活するように呼ばれました。
大きな転換ですね。
一切のスケジュールがなくなりました。スケジュールを組めないのです。
外部からVIPが私に会おうとしても会えないのです。
週末には家庭連合の家庭を訪問していましたが、それもできなくなりました。
その他あらゆる行事への参加もストップしました。
お父様についてゆくのが最優先で、お父様も常に動いておられました。
アメリカに行かれたり、また韓国に戻って、突然に世界巡回されたりそのすべてに同伴しました。
釣りも欠かさず行きました。
今日ラスベガスのミート湖で釣りをしたと思ったら翌日は太平洋での釣りをするという具合です。
まったく環境が変わったのです。
私は才能のある漁師ではなかったので、よく船で瞑想したり、勉強をしようとしたりしていました。
スケジュールのないスケジュールに慣れようとしました。
どこであれお父様が行くというところに従って行きました。
最初のうちは精神的に困難なことでした。次に何が起こるのか予測がつきません。
しかしある時点でそのストレスから解放されました。
お父様に乗っかって、お父様の動きに身をまかせることにしました。
自分の仕事に思い煩うことなくお父様といっしょに過ごすことを最優先したのです。
そう決めてから本当にお父様との時間を楽しみました。私も素をさらけだして、一緒に総合格闘技を観戦しました。
私が実際にやってみせたこともあります。警護員を絞め技でギブアップさせたり、本当にお父様とはそういう親密な時間を過ごしました。
私が格闘技をしていることをお父様が好まれたことは驚きでした。私は格闘技をしている事実を公から隠してきました。
ところがお父様は全面的に受け入れて下さったのです。お父様もとても好まれたのです。
ある台風の朝、韓国南部の小さな島にいたのですが、政府はすべての船に出港禁止命令を出しました。台風が通り過ぎるまで出港できません。
その日は部屋にこもって総合格闘技をお父様と見たのです。ポイント、ポイントで私は解説しながら一緒に見たのですが
それはとてもすばらしい時間で、深い親子の絆を感じました。
船でお父様が居眠りをされたとき船室にお連れして二人きりで寝転びました。その時の写真もあります。
お父様とそのようなみつの時間を過ごすことは
私に重要な悟りを与えてくれました。
宗教や宗教的純粋性、条件や修行が大切なのではない。
それらは世間に自分が善人であることをアピールするための手段にすぎない。
真に大切なのは宗教ではなく神様との関係だということです。
それをお父様は教えて下さいました。。
宗教家、宗教指導者としてのお父様を超えたところで本当に親しい関係、触れるほどの現実味ある喜び、愛情、抱擁を感じたのです。
総合格闘技は本当に血なまぐさいのですね。ひどいことをすることもあるんですね。
私の中で一日に何時間も瞑想する宗教家の姿と格闘技とは一つになることはありませんでした。
それが解放されたということです。
お父様が完全に受け入れて下さることで、私も格闘技を受け入れることができました。
本当にすばらしい日々でした。
それらの日々があるからこそ、お父様との関係性によって、聖和後に生じたとんでもない出来事や数々の困難の時を超えることができました。
すべてを失い、お母様さえも、私たちに背を向けるという絶望と孤独の時にも力を与え続けてくれたのです。
ですからこの2年間はお父様が与えて下さった貴重な時でした。
これを理解していなければ
今頃、後継者、相続者として「関係性」や「関わり」ではなく「宗教」を教え続けていたことでしょう。
計り知れないほどの転換でした。
それがなければ共に生きる人間としての、神の人、キリストを語らず
レバレントムーンの神学を講義していたことでしょう。
大きなお父様の贈り物であり恩寵でした。
(終わりに私の感想ですが、真のお父様の前に信仰者としての姿を見せてくたさっているとおもいました。)


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文亨進様インタビュー「七死復活」

2016年1月12日にインタビューされた内容です。

「七死復活」

ある日幻を見ました。

お父様の御顔が一万の太陽のように輝き近づくことができませんでした。

同時にお父様の体が監獄にあるのを見ました。

お父様の霊人体がまた同時に地獄にあるのを見ました。

つまり肉体は監獄にあり、霊人体は地獄にあったのです。

地獄では魔物たちがお父様を八つ裂きにしていました。

そこでお父様は魔物たちに向かって「子供達を解放するかわりに私の体を持って行け」と叫んでおられました。

魔物たちはお父様の肉をむさぼり、お父様を抱えて引き裂いていました。

この幻を見たことで霊的突破口を開きました。

お父様は6回の生死をさまようような牢獄と拷問の生活を送られた。

逃げるのではなく、喜んで拷問を受けるその場に進んで行かれた。

それは私のため、家族のため、氏族とその未来のためにそうされたのです。

お父様がそういうことを「私」のためにされたことを初めて知りました。

あらゆる苦労は「私と家族の救い」のためにあったのだと。

私たちが神様の前に正しい者として立てるのは、お父様がこのようにして支払われた蕩減条件のおかげなのだと悟りました。

そこから七死復活がでてきました。

お父様の愛は友のために一度死ぬ愛などでなく

愛する子女のために何度でも、何度でも死ぬ、そのような愛でした。

私はイエス様のみ言から存在論的に一段飛躍しました。イエス様は肉的な父ではなかったからです。

お父様が真の愛とおっしゃるとき

何度もくぐられた、拷問などの十字架路程を通してお父様が現実に体現された愛を指すのだということを悟りました。

それは私と関係のない苦労、蕩減ではなく

お父様の苦難の路程は

「私」が神様の前に正しく立てるようにしてくださるものだったということです。

私と家族、孫、そして子孫が神様の前に正しく立てる者になるためです。

神様がこの啓示を与えられてから

お父様への見方、お父様との関係において完全な変化がおこりました。

それまでお父様は、私にとって偉大な教師、偉大な指導者でした。

メシア、救い主である意味が分からなかったのです。

しかしこの啓示においてお父様が救い主であられ、私自身を救ってくださったのだと、

そしてそれなくしては誰も神様の前に正しき者として立てないと悟りました。

お父様が蕩減を払い、代償を払うことで

私がその路程を歩まなくても神様の前に立てるのです。

これは巨大な転換でした。

お父様が何者であるか分かったのです。

その価値の大きさ、単なる教師、預言者ではないのです。

メシアと預言者は違うでしょう?

私たちが神様の前に正しい者として立つために、犠牲になられる、人類の救い主なのです。

これが私にとっての一大転換でした。

(ここでインタビュアの言葉です)

お父様は私たちに責任分担を果たすように強く迫ってこられました。

しかしお父様がしてくださったことを忘れてはならないのですね。

(文亨進様の言葉)

その通りです。96%です。

私たちの責任分担は、

救い主を信じて従うか、信じないで背をそむけるか、

そこにあるでしょう。

(とても大切な言葉だと思います。二代王様は具体的に神様とメシアにわたしたちをつないでくださいます。)